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Maniのプロフィール

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Mani  ( id:hanano_mani_0125 ) / 大学生ブロガー

 

『自分の好きに生きる生き方』を発信する大学生。

 

大学に入学して3ヶ月で適応障害を発症し、

布団から起き上がることができなくなり大学を中退。

ダメダメな人生に絶望するも、自殺を考えなきゃいけない状況が悔しくなり「どうせ死ぬならあがいてから死んでやる」とブチ切れたことがきっかけで「好きなことだけをして生きる」と決意。

 

夜間の大学に再入学し、自由に生きるために日々勉強中。

大学生から『ノマド的フリーランス』を目指してます。

 

 

 

 

これまでの経歴

 

中学卒業まで

 

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中学卒業までは結構特殊な性格でした。

 

極度の人見知りで、友達や先生とは話せるのですがそんなに知り合ってない同級生とは会話すらできず、「首を縦に振るか横に振るか」でコミュニケーションを取ってました(笑)

 

一言で言えば「超絶コミュ障」

 

中学の部活はバレーボールをしてたのですが、こんな性格もあって中学3年間で1度も公式戦に出られたことはありませんでした...。

同級生の中でユニフォームもらったことないの僕だけです。

あれ、目から汗が...

 

一方、学業の成績は良い方で、高校受験の偏差値は65程ありました。

クラスメイトから「まに君頭良いよね~」と言ってくれることもまぁまぁあり、心の中で鼻の下伸ばしてたのは内緒。

 

しかし、肝心の高校受験は大失敗

第一志望は兄が通ってた、偏差値70近くのトップレベルの「高専」だったのですが、数学で30点という大失態を犯し、見事不合格

 

受かる気満々でいた僕は滑り止めの高校を適当に決めていたため、結局通うことになったのは偏差値45くらいの私立高校でした。

 

高校時代

 

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中学時代に超怖い体育の先生に目をつけられたのがトラウマになり、高校は体育の授業が緩そうなところを探してました。

 

まぁ結果大失敗して私立高校に行くことになったわけですが…。

 

第一志望で受けた高専と比べて20も偏差値が下がるとこだったので、

高校3年間勉強に困ることがないどころか3年間首席でした。

(定期テストで何回か2位に落ちたけど)

 

授業中は先生公認で内職をしたり、課題をしたりと自由にさせてもらってました。

まさにVIP待遇(ドヤ顔)

 

時々先生から僕だけ追加で問題を解かせられました...(泣)

 

3年生に上がるまではこんな感じで思考停止で平穏な毎日を過ごしてましたが、3年生から徐々に地獄と化してきます。

 

3年生に上がれば、待ち受けるのは「進路選択」

僕は3年に上がるまで、高校卒業後のことを全く考えてませんでした

 

今思えば、考えないようにしてたのかもしれません。

 

何が不安だったかというと、「まともな就職ができるのか」が一番の不安でした。

当時(というか今も)学歴社会の風潮があって、ネットで検索しても「MARCH以下は行く価値なし」だの「日東駒専はFラン」だの言われてた時代。

僕は当時これを真に受けてしまった。

 

高校も奨学金を借りて通うくらい実家の経済は困窮していたため、「東京の大学になんて行けないし、かといって地元の大学に行ってもブラック企業しか就職ないんじゃないか」とどんどん不安になっていきました。

 

将来が不安過ぎて、自分のやりたいこととか気持ちは二の次。

とにかく「どうすれば安泰な未来を築けるのか」だけを考えてました。

 

最終的にはネットの「工学部だと引く手数多」という話を信じて、地元私立大学の工学部に決めました。

 

東京の大学は学費に加え生活費も掛かってくるので無理でしたが、実家から通える地元私大なら、奨学金をフルで借りることでなんとか学費を工面することが出来たのです。

ちなみに国立大は馬鹿すぎて無理でした(爆) 

 

そして、3年間首席だったこともあって、大学受験は推薦で早々に合格を貰い終了。

合格をもらってから入学までの間は、車の免許を取ったり、バイトしたり、悠々自適に過ごしてました。

 

しかしここからが、地獄の始まりでした。

 

工学部での地獄の半年間

 

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工学部に入学できたは良いのですが、「自分のやりたいことは二の次三の次」で進路を決めたため、当然思い描いていた理想の大学生活とはかけ離れたものになりました。

 

大学に入れば自分の好きな様に時間が使えると思っていたのですが、工学部は別。

 

課題は毎週大量。

授業の数もハンパない。

 

何より物理が苦手な僕には工学部の授業がかなり苦痛でした。

受けたくもない授業に何百万も奨学金を借りて受けている事実が本当に辛かった。

 

実家の家計も余裕はまったくない。

むしろ大赤字なのに、

 

「なんで俺金のかかる工学部なんか行ってんだろ」

 

本気でそう思いました。

工学部に来たことを心の底から後悔した。

 

それでも最初のうちは、

 

「これぐらいやれるだろ」

「根性出せよ」

「甘えてるだけだろ」

 

と自分に言い聞かせてなんとか勉強をこなしてました。

が、そんなだましだましなことを1ヶ月続けていると、

 

  • 足がすくんで乗らなきゃいけない電車に乗れない
  • 大学に行かなきゃいけないのに布団から起き上がれない
  • 立ち上がろうとしても体に力が入らない
  • 滅多に忘れ物しなかったのに、ほぼ毎日忘れ物をするようになった
  • 前回の授業の内容を覚えていない
  • 課題が出されていたことを思い出せない
  • 文字が書けない

 

と、生活に支障が出てくるようになり、

大学入学から2ヶ月半後には、大学にも行かないようになっていました。

またそれと同時に、母親から「自己破産寸前だ」と伝えられ、ここで僕の中で何かが壊れました。

 

そんなこんなで、「実家が自己破産寸前になった」のと、僕自身がストレスに耐え切れなくなり「適応障害になった」のがきっかけで、大学入学から6ヶ月後の9月、後期が始まる直前に退学届を出しました。

 

この辺は別の記事で詳しく書きたいと思います。

 

 

退学後~再入学まで

 

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大学に行かなくなってから退学届を提出するまでの間は、部屋に引きこもってひたすらオンラインゲームをしてました。現実逃避です。

精神科にも通ったり、とにかく療養の時期でした。

 

精神科を受診した時の診断は、

「適応障害」と「ノイローゼ」の併発。

 

病名をもらえてホッとしたのを今も覚えてます。

これが病気じゃなかったら僕の辛さは「ただの甘え」ということになりますからね。ただの甘えだったら多分自殺してたと思います。

幸いしなかったから良かった。

 

病名をもらってからの1ヶ月は、薬を飲みつつ家で療養してましたが、この時もこの時でめちゃくちゃ辛かったです。

夜は死にたくて眠れないし、

親友に相談すれば煙たがられるし(そりゃそうだ)。

「俺が死ぬ事で誰か一人でも喜ぶなら喜んで死ぬのに」と本気で思ってました。今思い返したら重すぎやばい。

 

しかし、この時に読んだ本のあるセリフが僕を奮い立たせてくれた。

 

「どうせ死ぬならあがいてから死んでやる!」

 

この言葉に励まされ、僕はもう一度人生を歩むことを決めた。

 

ちなみにこの本です。

 

 

それから3ヶ月くらい経った後は、大学を辞めて自己破産は免れたとはいえまだまだ実家の家計は苦しかったので、バイトを始めました。

 

若干ノイローゼ気味ではありましたがなんとか仕事はでき、引きこもりニートからフリーターへ昇格。

 

バイトを始めてそこそこ体調も良くなってきた頃に「次の進路どうすっかな」と考え始め、「就職」「大学再受験」の2択に絞られました。

 

結局大学の入試出願の〆切ギリギリまで悩んで、「受かったら大学に行こう」と決めて受験したら受かったので再入学しました。

 

 

大学の「夜間部」に入学 

 

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中退した大学にあった「夜間部」に入学しました。

 

ていうか、ここしか行けるとこなかった(爆)

 

でも、学部が変わるだけで通う大学自体は変わらないし、学費は昼間部の半額以下で、受けられる授業も昼間部と変わらないので、僕にとってはメリットしかない最高の環境でした。

 

人も少ないし。騒がしくないし。最高。

 

夜間部についてはこちらに詳しくまとめてます。

www.manimani-life.com

 

 

そしてブログを始める。

 

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入学して1ヶ月くらいはサークル(アルバム作成委員会)に入ったり、続けてたスーパーのバイトをしたりと普通の大学生活を送ってました。

 

でもなんだかんだで、サークルはそんなに楽しくないし、バイトもつまらなく感じてきて、どっちも辞めちゃいました。英断です。

 

せっかく大学に受かって4年間も自由な時間が出来たのに、大学の中だけで収まるような生活をしたくなかった。

 

今でもサークルもバイトも辞めて良かったと思ってます。

そろそろ生活がヤバイけど(震)

 

そして大学1年の夏休みが始まった頃、大学を卒業するまでの4年間「好きに生きるための生き方」を模索し、それを発信していく個人メディア「まにまにらいふ。」を開設しました。

 

僕自身がこの大学4年間で「自分の好きに生きる生き方」を確立し、ブログでその経験を発信することで、人に自由を与えられたらと思ってブログを書いてます。

 

 

やっぱり根本的な性格は大人になっても変わらない

 

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小中学校では超絶コミュ障を発揮してたものの、現在は1年間接客バイトで鍛えられたこともあって人並み以上にコミュニケーションを取れるようになりました。

 

が、やっぱり人間根本的な性格は変わらない。

コミュニケーション能力は上がったものの、「団体行動が苦手」「一人が好き」「人に興味が持てないので友達が出来ない」という根本的な性格は昔から変わりません。

 

今の大学に入った直後にサークルに入ったのも、

小中高で青春の「せ」の字もなかった僕も「青春してみたい」と思ったからなのですが、案の定楽しくなかった。

 

「他人に興味が持てない」ので本当に関係が築けません!

その場の会話は弾むのですが、僕が相手に対する興味がないのでそれ以降の関係は続かないという、肝心なところがダメな僕です。

 

大学卒業までにやりたいこと100のリスト

大学卒業までにやっておきたいことをリストにしてまとめてます。

 

www.manimani-life.com

 

 

趣味

 

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夏休みに江ノ島へ一人旅

 

  • 一人旅(国内しか行ったことないけど海外にも行きたい)
  • 写真(たまーにiPhoneで撮ってます。一眼レフ欲しい)
  • 料理(最近金欠で全然できてません)
  • ランニング(1週間20km走ってます)
  • 幕末志士の大ファン(チャンネル会員です)

 

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